常楽寺 ・ じょうらくじ (浄土宗)
■所在地:尼崎市寺町1−1/阪神「尼崎」南西約250m
 寺伝によれば永正元年(1504)心誉浄雲上人による開基と伝えられています。尼崎城築城に際して大物の地より現在地に移されました。寛永12年(1635)には、「戸田氏鉄(とだうじかね)」が美濃大垣へ移封される際、大垣に分寺し、現在も同地に常楽寺として残っています。(資料:尼崎市)

◎戸田氏鉄(とだうじかね)
 元和3年(1617)尼崎郡代であった一万石の大名、「建部政長」が林田藩へ転封されかわりに、近江膳所から「戸田氏鉄」が入部。氏鉄は五万石の尼崎藩主となり、幕府から新尼崎城の築城を命ぜられ完成させました。
 その後、寛永12年(1635)戸田氏鉄は美濃大垣に転封され、かわって遠江掛川から青山幸成が尼崎藩主(五万石)になりました。さらに青山氏は宝永8年(1711)幸秀のとき信濃飯山へ転封して、遠江掛川から松平忠喬が尼崎藩主(四万石)になり、以後、松平氏は7代にわたって尼崎藩を治め、明治維新を迎えました。
 氏鉄公は、徳川家康の近習を勤め、関ヶ原の戦い後、摂津尼崎5万石から、寛永12年8月大垣に栄転した徳川譜代の大名である。(資料:尼崎市)

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