【太刀 銘 恒次・(数珠丸)】
(たち めい つねつぐ)

 
 
後鳥羽上皇の命をうけて、御番鍛冶の青江恒次が作刀、のちに日蓮上人の護持刀となる。
厳重に秘蔵されていた身延山から何時の頃か行方不明になる。

大正七、八年頃、宮内省の刀剣御用掛の職を奉ずる杉原祥造氏(尼崎市出身)が某華族の重宝佳什の競売の中に数珠丸を発見し、巨額の私財を投じて数珠丸を入手し海外流出を防ぐ。
杉原氏は身延山に数珠丸を返納しようとするが、引き取りの条件が合わなかった。
杉原氏の尼崎の自邸前にあった本興寺に奉納の相談があり、本山の役職員が奉納の方策について鳩首協議しているところ、大阪の篤信者、紙問屋の北風熊七翁の当時の1万円の寄進があり、大正11年1月山納。現在に至る。

・大正11年4月13日、文部省告示第368号により国宝(国指定重要文化財)に指定
・昭和25年重要文化財保護法にて重要文化財に指定

◎参考
天下五剣(本阿弥光悦説)
1.童子切・・・・伯耆国安綱の作。松平家所蔵。源頼光が所持。酒呑童子の首を刎ねたものと いわれる。
2.三日月・・・・三条小鍛治宗近の作。徳川家所蔵。山中鹿之助が佩用(はいよう)したもの
3.鬼丸・・・・・・粟田口国綱の作。新田義貞の佩用したもの。明治天皇の御物になった。
4.大傳太・・・・三池傳太光世の作。前田家所蔵。豊臣秀吉が所持したもの。
5.数珠丸・・・・本興寺所蔵。

◎参考文献「名刀秘談 数珠丸記」 野村日政著 昭和54年7月発行
(資料:尼崎市、本興寺)
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